50(フィフティーズ)の落書き帖

雑記帖123(旧道・・バス・・気くばり・・・)
雑記帖122(春ポカポカ、真昼の夢・・・)
雑記帖121(広島北ロータリークラブ例会にて・・・A)
雑記帖120(広島北ロータリークラブ例会にて・・・@)
雑記帖119(サクラ色・・・)
雑記帖118(弾ける・・・)
雑記帖117(子どもたちは・・僕の時代は・・)
スクラップ帖116(中田英寿選手の引退・・・)
スクラップ帖115(ワールドカップドイツ大会日本代表・・・各紙から・・・)
スクラップ帖114(「子供のため」の矛盾ー祖母井 秀隆氏の記事から・・・)
スクラップ帖113(ワールドカップーオーストラリア戦・・・)
スクラップ帖112(雑感・・・サッカー選手である前に・・・)
スクラップ帖111(夢・・・数学者の秋山仁さんー子どもと職業より・・・)
スクラップ帖110(詩人・坂村真民先生の「あとからくる者のために」・・・)
スクラップ帖109(雑感・・・あっちこっち・・・)
スクラップ帖108(寺西レポート・・・平成4年広島県高校総体決勝ー国泰寺対沼田より)
スクラップ帖107(ワールドカップドイツ日本代表メンバー発表・・・)
スクラップ帖106(脳科学者、茂木健一郎氏ーボイス2006.2月号から・・・)
スクラップ帖105(藤原正彦氏ー2003.9.28産経新聞の随筆より・・・)
スクラップ帖104(雑感・・・新聞の社説ー教育基本法ーから)


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スクラップ帖109(雑感・・・あっちこっち・・・)
2006/05/28
車に乗ってあっちこっちすることがとても多くなった。以前の生活では職場と家の往復だけの道具であったのが、最近のガソリンの高騰もありよく乗っているなあと身を持って感じられるこの頃である。そして駐車料金。ひと月分の精算レシートが結構束になる。高速道路の利用も時間の余裕があれば一般道を走ったりしている自分に変に感心したりしている。かっこよく言えば一端の「営業マン」ということで自己満足している自分がいる。

街中であっちこっちすることも増えた。そうすると以前の子どもたちに出くわす機会も多い。惰眠を貪ったにも拘らず長い間に職場もあっちこっちした関係で、例えば本通りを一往復なんかしていると大抵ひとりふたりの立派になった子どもたちから「先生」と声をかけられる。しかしここで問題が発生する。すぐに名前が出てこない。「せんせーい!」に対して一瞬ずれた間とともに「おー元気か!」と返答しながら一生懸命に名前を思い出している。汗がシャツの下を流れている。思い出せない。女子はここでまず、「わたしのこと、覚えとる?」と聞いてくる。これはありがたい。「覚えとるよう」と答えて、「で、今どーしょうるんや」と聞き返す。ここでも誰だったかなと頭のなかで記憶を手繰り寄せている。

この関係は子どもたちにとっては私ひとりであるが、私にとってはJリーグ、サンフレッチェ広島のビックアーチ観客入場者数に匹敵する。スタンドからいきなりピッチの中の自分に「私は誰?」と聞かれるようなものなのである。ドギマギすると思いませんか。

どこの「学校」で出会った子どもたちなのかがまず判断に困るのである。確かに顔に記憶があるのでなんとか思い出そうとする。でも最後まで名前を出しての対応が出来ずに別れることが多い。申し訳ないことである。そして別れたあとも「顔と名前の一致」にしばらく「誰やったかなあ」と「ぶつぶつおじさん」で歩いている。急に思い出して「あっ、あいつやー! そうか・・・」と、「何!? 変なおじさん!」と白い目でみられている「頷くおじさん」の自分がある。でも此処まできても思い出せないときは情けないことこの上ない。ほんとうに申し訳ないと空に向かって詫びるのである。ごめんなさい。

でもこうやって声をかけてくれることがどれだけうれしいことか、そうしてくれる子どもたちがいることがどれだけありがたいことか。

いろいろなところで人は繋がっている。

連日、U-10の子どもたちの事件、事故が報道され傷ましいかぎりである。最近のあっちこっちで、子どもたちの下校風景に心地よい懐かしさを憶えていたのに、お母さんは胸にIDカードをぶら下げての送り迎えである。外で遊ぶことがますます困難な状況にある。このような事件が頻発する背景を関係者にしっかり摑んでほしいと願うとともに、小さなところで、地域で、そしてスポーツを通してわれわれが子どもたちに出来ることをやっていきたいと思うばかりである。