50(フィフティーズ)の落書き帖

雑記帖123(旧道・・バス・・気くばり・・・)
雑記帖122(春ポカポカ、真昼の夢・・・)
雑記帖121(広島北ロータリークラブ例会にて・・・A)
雑記帖120(広島北ロータリークラブ例会にて・・・@)
雑記帖119(サクラ色・・・)
雑記帖118(弾ける・・・)
雑記帖117(子どもたちは・・僕の時代は・・)
スクラップ帖116(中田英寿選手の引退・・・)
スクラップ帖115(ワールドカップドイツ大会日本代表・・・各紙から・・・)
スクラップ帖114(「子供のため」の矛盾ー祖母井 秀隆氏の記事から・・・)
スクラップ帖113(ワールドカップーオーストラリア戦・・・)
スクラップ帖112(雑感・・・サッカー選手である前に・・・)
スクラップ帖111(夢・・・数学者の秋山仁さんー子どもと職業より・・・)
スクラップ帖110(詩人・坂村真民先生の「あとからくる者のために」・・・)
スクラップ帖109(雑感・・・あっちこっち・・・)
スクラップ帖108(寺西レポート・・・平成4年広島県高校総体決勝ー国泰寺対沼田より)
スクラップ帖107(ワールドカップドイツ日本代表メンバー発表・・・)
スクラップ帖106(脳科学者、茂木健一郎氏ーボイス2006.2月号から・・・)
スクラップ帖105(藤原正彦氏ー2003.9.28産経新聞の随筆より・・・)
スクラップ帖104(雑感・・・新聞の社説ー教育基本法ーから)


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雑記帖120(広島北ロータリークラブ例会にて・・・@)
2007/03/11
先日、このわくわくサッカーリーグを大変ご支援していただいている広島北ロータリークラブ例会に出席させていただく機会があり、短い時間ではありましたが、お礼と報告を兼ねて話をさせていただきました。

2回に分けて載せてみたいと思います。




広島北ロータリークラブ3月8日例会卓話

演題 「サッカーから毎日教えられる日々」

                      広島市U−10わくわくサッカーリーグ 
                      運営担当 代表 中山 正剛


『こんにちは。一昨年、2005年10月から「広島市U-10わくわくサッカーリーグ」として開催いたしました際には、ご支援をいただきましてありがとうございます。このわくわくサッカーリーグの代表をしております中山でございます。
今日は、このわくわくサッカーリーグに参加しているたくさんの子どもたちと、お父さん、お母さん、そして手伝って呉れているスタッフを代表してあらためてお礼を申し上げます。そして日々私を成長させてくれているサッカーというスポーツの素晴らしさを、私の歩んできた小さな経験からお話をさせていただきたいと思っております。どうぞよろしくお願いいたします。
「広島市U-10わくわくサッカーリーグ」は現在6回のリーグを終了し、1月から3月までの冬季休止期間中に入っております。6回のリーグで44チームが参加しております。広島市に小学生のチームが約100チームありますので、凡そ半数近くのチームが参加してくれたことになります。各試合日ごとには、4チームないし5チームが参加しています。選手・監督・コーチとお父さん、お母さん、時にはおじいさん、おばあさんも応援にきていただいていますので、会場であります瀬戸内高校では毎回100人近いサッカーファミリーで賑わっている状況です。人工芝の素晴らしい環境で、のびのびと子どもたちが動いております。また瀬戸内高校サッカー部の選手たちがスタッフとして加わってくれており、子どもたちとボールを介して触れ合ってくれています。このことはとても大切なことだと思っています。自分でプレイする楽しさとともに、子どもたちに関わっていくことの楽しさ−それはプレイすること以上に感じるかもしれないもの−を高校生たちにも体験してほしいと考えています。
私は30年近く高校の教育現場におりましたが、いろいろ考えることがあり、このわくわくサッカーリーグ開催の年に学校という教職の場から去ることを決めました。カッコよくスタートしましたが、カミさんには段々と経済的にもいろいろと心配をかけているのが現状です。(世の中甘くない! この点ご支援よろしくお願いいたします!)
教員としてたくさんの子どもたちと出会えたことは、わたしにとって最高の宝物です。そしてひとりのサッカーコーチ・監督として、さらに多くの選手とそれに関わる人たちとの関わりが持てたことが最高の幸せです。30年もやっていますと、それこそ本通りを1往復すればかなりの確率で卒業生に会うこととなります。また世の中のいろいろな分野で活躍してくれていますから、良くも悪くも「困ったときの教え子頼み」で、いつまでも生徒と先生の関係は永久に不滅であり、ありがたいことです。
少しかっこいい言い方をしますがお許しください。やはり若いうちは「教えてやる」といった、上から見下ろすような指導をしていたのだと思います。まったく冷や汗ものです。スポーツは本来競争に勝つこと、競って勝つことが本質にあるものです。それを欠いたらそれはスポーツではなくなります。負けようとしてスポーツをする人はいません。そのように勝って喜び、負けて悔しい思いをする場を提供してくれるのがスポーツです。だから勝つことがすべて、負けたら何もないと信じて指導していたのです。負けて悔しい思いをしたくない一心で、勝つことだけが唯一価値あるものとして指導していたのです。でも現実は当然の結果として負けてばかり。1チームにしか「勝ち」は微笑んでくれません。あとはすべて敗者です。負けたときはいつも子どもたちが「悪者」で、わたしはあたかも「可哀想な犠牲者」と勝手に思っていたのでした。
勝つということをどうも勘違いしていたと思います。勝つための努力など本当はしていなかった。勝つことだけが唯一価値あるものと捉えているのですから、そこには子どもたちの「サッカーが好き」という純粋な気持ち、そしてわたしも持っていたはずの「サッカーは楽しい」という原点をすっかり忘れている。勝つために努力はしていない。つまり勝つことは子どもたちの「サッカーが好き」を実現させてやる手助けであり、それを実感・実見する喜びなのに、自分のためだけの「指導者としての勲章」、そして唯一価値あるものとしての勝利ほしさに邁進している。それは勝つための努力をしているとはいえません。』

つづく・・・